私の夢―。娘の幸せ。何よりも。私の命よりも。自分には殊更なことは望んではいない。定年退職後に釣りでもおぼえ、可愛い孫たちに囲まれながら安穏な餘生を過ごせれば、それでいい。あとは、妻とのんびりイタリア旅行にでも行ければ。妻に、ローマを見せてやりたいのだ。私は妻と娘を愛している。可もなく不可もない人生の道程で、妻と娘の存在だけが私の誇りであり、守るべき寶なのだ。人事の傢族調査欄に妻と娘のことを記す時の至福。その至福を亂し、汚す者は許さない。そう、私は傢族を守るためなら生命の危険も厭わない四十七歳のサラリーマン、のはずだった。そう信じていた。あの日が訪れるまでは―。いまから私が話そうと思っているのは、私のひと夏の冒険譚だ。
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